北海道自然史研究会

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お問い合わせ

2010年度


大会の開催概要


2010年度研究会は、ほっかいどう学の会との共催で実施しました。

 2010年度の研究会は、3/13に予定通り開催されました。3/11に東北地方で大地震があり、開催中止も検討しましたが、北海道での状況も落ち着き、その後の開催機会もつくれないので、実施しました。それでも75名以上の方にご参加いただき、盛況のうちに終えることが出来ました(ほっかいどう学の会からは57名が参加)。会場は道庁赤レンガ庁舎で、歴史ある建物の雰囲気ある部屋でした(しかし明るすぎで、ちょっと画面が見にくかったですが)。
 川辺会長による講演のほか、11本の研究報告がなされて、参加者との質疑のやりとりが行なわれました。発表内容については、以下の要旨集を参照ください。


大会プログラム・要旨集 ⇒ こちら(PDF 1.3MB)
大会ポスター(A4判) ⇒ こちら(PDF 890kB)


開催の様子




総会の開催概要


 2010年度の総会は研究大会に続けて開催されました。次年度の大会を2012年4月または5月に石狩市で開催すること、引き続きウェブサイトの製作を進めることなどが承認されました。


総会(2010年度)配布資料 ⇒ こちら(PDF 380kB)


2010年度 研究会(大会)


日時
3月13日 日曜日 9時半~15時半 (予定)

場所
北海道庁赤レンガ庁舎2号会議室
札幌市中央区北3条西6丁目

申し込み
参加申し込みは3月6日まで。ただし発表を希望する方はその旨を2月20日までに。
 以下のことを書いてメールしてください。 ⇒ 事務局
  ・所属・メールアドレス・連絡先(電話)
  ・懇親会参加の有無、発表の有無
   発表者は要旨を配布資料、ウェブに掲載しますので、
   3/6までにはA4・1枚程度を出していただきます。

大会参加費
500円(ほっかいどう学の会会員は免除)

共催
ほっかいどう学の会(自然環境)、北海道教育委員会


スケジュール(予定)


9:30~開会 会長挨拶など
9:45-10:35ほっかいどう学の会・講演会
「大雪山系の自然」 川辺百樹(北海道自然史研究会会長)
10:40~12:00,
13:00~15:30
研究・事例発表会
15:30~16:00自然史研究会の今後について(総会)
 研究会の今後、役員などについて話します。
 現会員でない方もご参加ください(入会してください)。
18:00~懇親会(えこひいき大同生命ビル店 会費3,500、学生1,000(予定))
中央区北3西3大同生命ビルB1F 011-251-1682
 
※今回はほっかいどう学検定合格者で構成している会との共催となります。
※今回は前回より広い会場を借りれますが、共催なのでやや混み合うかもしれません。会場でのご協力お願いします。
※学生さんの研究成果、施設・機関の活動事例紹介などもお待ちしています。

発表一覧

 講演 川辺百樹 大雪山系の自然

 山本ひとみ JICA研修員と学んだ霧多布湿原の住民参加型への取り組み
 樫田幸一 ほっかいどう学 “学ぶこと、伝えること”
 堀 繁久 北海道のハンミョウとその生息状況
 齋藤和範 外来生物と多様性の保全 -特定外来種ウチダザリガニの現状を例に-
 浅川満彦 動物学標本の入手および作製時等に留意すべき感染病原体とその対策の概要
 小宮山英重 北海道のヒグマの危機管理能力
 桑山 崇 北海道産ハツカネズミの染色体に刻まれた歴史
 栗原憲一 北海道に記録された、過去の温室地球における生物の変遷史
 志賀健司・伊藤静孝 2005年〜2010年の石狩湾沿岸におけるアオイガイの大量漂着
 大原昌宏 パラタクソノミスト養成講座ネットワークについて
 渡辺 修  自然史研究会の研究報告データベースの取り組み

要 旨


大雪山系の自然

川辺百樹(元ひがし大雪博物館)

1.北海道の屋根の誕生
 近年の放射年代測定を用いた研究により,大雪山系の火山活動史が具体的に明らかになってきました.300万年前頃に周辺部の安足間山・キトウシ山付近で,200~100万年前に北大雪・クマネシリ山・大麓山・ナイタイ山・糠平温泉山などで大規模な火山活動がありました. 100万年前から現在の主稜線を形成する地域で火山活動がはじまり,今日の大雪山系の骨格が形成されました(忠別岳~高根が原110~90万年前,五色が原100~70万年前,沼の原60~40万年前,富良野岳~オプタテシケ山90~10万年前,化雲岳30~数万年前,愛別岳~黒岳~白雲岳30~10万年前,二ペソツ山・古期然別火山40~10万年前).数万年前にお鉢平・旭岳・トムラウシ山・新期然別火山・東大雪丸山・新期十勝岳(3000年前)で火山活動がはじまり,十勝岳・旭岳・東大雪丸山ではいまも活動が続いています.このように大雪山系の主稜線は100万年前以降の度重なる火山活動によって出現しました.


2.北極圏に近い気候環境と寒冷地形
 白雲岳の2000m地点での気温測定(1987-89年)の結果,年平均気温が-5.1℃,7月の平均気温が10.5℃であることが明らかになりました.この年平均気温は北緯65度のアラスカ中部に相当します.7月の平均気温が10℃以下のところを北極圏とする定義に従うと,大雪山系の高山部は北極圏に近い気候環境下にあるといえます.また,多雪地帯であるとともに強風地帯であることが大雪山系の特徴です.北極圏ではポリゴン(多角形土)やピンゴといった地形がみられますが、大雪山系の山頂部にも巨大多角形土・多角形土・パルサ・アースハンモックなどの寒冷地形(周氷河地形)があります.大雪山系の高山部は,わが国で最も多様な寒冷地形のみられるところです.


3.高山帯の生物
 大雪山系にはわが国最大規模の高山帯が広がります.高山植物はおよそ200種が知られ,その特徴は,日高山脈・夕張山地に比べると固有種が少なく,北米大陸と関連をもつ種が多いということです.これは大雪山系が火山地帯にあるため大規模撹乱がしばしば繰り返されてきたことと関係していると考えられます.大雪山系では昆虫類が3000種ほど,蜘蛛類が250種ほど記録され,このうち50種ほどの昆虫類と20種ほどの蜘蛛類が高山帯を生息地としています.なかでもウスバキチョウ・アサヒヒョウモン・ダイセツドクガ・ダイセツヒトリ・アラコガネコメツキ・ヌタッカゾウムシ・タカネマメゲンゴロウ・クモマエゾトンボは日本列島では大雪山系の高山帯にのみ生息する種です.これらの種の多くはユーラシア大陸北部や北米大陸北部にも分布します.またワタナベナガケシゲンゴロウ・アシマダラコモリグモ・ダイセツカニグモ・マツダタカネオニグモは世界中で大雪山系でのみ生息が確認されている固有種です.鳥類は174種の鳥類が記録され,高山帯で注目されるのはギンザンマシコ・ハギマシコ・シロフクロウです.ギンザンマシコはユーラシア大陸と北米大陸の針葉樹林帯に分布し,日本では大雪山系のほか知床半島・日高山脈などのハイマツ林でも繁殖期に記録されていますが,大雪山系がわが国最大の繁殖地となっています.ハギマシコはわが国では繁殖が確認されていませんが,しばしば越夏しており,繁殖の可能性が高い種です.北極圏のツンドラ地帯を繁殖地とするシロフクロウも大雪山系の高山帯でときおり越夏し,ここでナキウサギを捕食しています.哺乳類では高山帯にのみ生息する種はいませんが,大雪山系は北海道におけるナキウサギの最大の生息地となっており,その生息地の多くは高山帯にあります.


4.北方針葉樹林の鳥類
 大雪山系の山腹にはエゾマツ・トドマツからなる針葉樹林が広がります.この北方針葉樹林の広がりはわが国最大です.ミユビゲラとキンメフクロウの繁殖は,わが国ではこの針葉樹林でのみ記録されています.両種はユーラシア大陸や北米大陸の北方針葉樹林,タイガを生息地としており,大雪山系の針葉樹林は飛び地的生息地となっています.

5.然別湖で進化するオショロコマ
 大雪山系には10数種の淡水魚が生息しますが,注目されるのは,然別湖とその流入河川にだけに棲むオショロコマの亜種,ミヤベイワナです.ミヤベイワナと北海道の山岳河川に生息するオショロコマの大きな違いは,サイハの数にあります.ミヤベイワナは湖でプランクトンを食べるため,サイハの数が川で暮らすオショロコマより多くなりました.つまり,然別湖を舞台に独自の進化をしているのです.


6.北の動植物の渡来時期
 ウスバキチョウ・アサヒヒョウモン・ダイセツドクガなどの高山性昆虫,高山帯で越夏するシロフクロウ・ギンザンマシコ・ハギマシコ,針葉樹林帯で繁殖するキンメフクロウ・ミユビゲラなどは,高緯度地方に分布の本拠地をもつ「北の動物たち」です.大雪山系固有種のアシマダラコモリグモ・ダイセツカニグモ・マツダタカネオニグモなども近縁種が高緯度地方に分布しており,生息地の隔離により種分化したと考えられる「北の動物たち」です.また高山植物の多くも高緯度地方に分布の本拠地をもっています.このように大雪山系の動植物相は,高緯度地方に分布域をもつ種の飛び地的分布によって特徴づけられます.では,これらの動植物はいつ大雪山系へたどり着いたのでしょうか.高山植物や移動性の乏しい動物は,更新世中期までには渡来していたのではないか,と私は推測しています.


JICA研修員と学んだ霧多布湿原の住民参加型への取り組み

山本ひとみ(ほっかいどう学自然環境の会・NPO法人EnVision環境保全事務所)

 霧多布湿原は、北海道のラムサール条約12湿地の内のひとつで、二十数年前から様々な保全活動が行われています。2010年7月、コスタリカからのJICA研修員と共に霧多布湿原を訪れました。今回は、霧多布・嶮暮帰島におけるJICA研修員たちと一緒に学んだ、研修員たちが自国でも取り組みたいと考える保全活動についてお話します。保全活動とは、1.地元NPOによる湿地買い取り活動、2.住民ガイドによるエコツアー、3.湿地保全のための環境教育(地元小学生自然体験学習プログラム)、4.道東の小さな町から全国に発信される湿原保全活動の援助システム(ファンクラブなど)、に分類されます。このうち、2、3はコスタリカでも実現可能とのことでした。霧多布・嶮暮帰島(浜中町)の豊かな自然の魅力とともに、その活動の詳細を紹介します。


ほっかいどう学 “学ぶこと、伝えること”

樫田幸一(ほっかいどう学(自然環境)の会)

はじめに  私が勤めている“おおぞら”は入所定員100名、通所リハビリテーション定員70名の単独型の介護老人保健施設です。周辺に丘珠空港があり施設からは飛行機の離発着がみられ、遠く北には増毛山地又東には夕張山地、南西にかけては手稲山よりのスカイラインが眺望できます。
 当施設では通所・入所の利用者に対しリハビリテーション、クラブ活動、誕生会、季節に合わせたさまざまな行事などを行っています。その中で地域の歴史、文化、自然環境、などを学ぶ北海道今昔、ほっかいどう学を実施し今年2月で26回を数えました。
 この取り組みを通し、私の感じた“学ぶこと・伝えること”をお話したいと思います。

きっかけ
 職場広報誌が平成20年4月にリニューアルし、創刊号に東区今昔として札幌村を特集しました。その後も玉葱栽培や、レッレップの歴史(現、栄町)、そして石狩川水系(豊平川、伏古川、茨戸川など)平成23年からは、札幌近郊の山々と連載を続けています。
 当初より広報誌だけでなく言葉や画像を通して直接伝えたいという思いがあり、平成21年5月より北海道今昔、ほっかいどう学としてとして実施しました。

伝えたこと、伝えたかったこと
 第1回開拓の歴史、第2回母なる川、石狩川、第3回札幌扇状地・川の風景 第4回札幌村農業の歴史、第5回丘珠村の夜明け・伏古川の恵み ・・・・・
 と北海道今昔として予定通り進みました。会場は食堂にスクリーンを用意し参加者は約30~40名でした。第6回よりは当時の画像などを使い、昭和という時代を振り返る構成にしました。
 昭和は、どうしても戦争の話題が避けて通れないところでした。日本の満州進出から太平洋戦争、戦後の復興と3回に分け皆で学習し、その後数回をかけ平成までを振り返りました。

会話をしながら
 第14回からは皆が話し易いように会場を会議室に移し、名称も北海道今昔よりほっかいどう学と名前を変更し回数を増やし、隔週実施しています。参加者は毎回10名前後で、開拓の頃の話や、北海道の自然環境、食文化、また懐かしいくらしのDVDをみて皆の経験などを話してもらいながら進めています。なかでも、北の魚クイズや鮭の飯寿し、漬け物の話などの時は、体験談も多く出て、とても盛況でした。
今後も身近な話題、身近な光景など北海道ことを、いろんな方々の力もお借りしながら発信していきたいと思います。


北海道のハンミョウとその生息状況

堀 繁久(北海道開拓記念館学芸員)

 ハンミョウは主に裸地に生息するオサムシ科(Carabidae)ハンミョウ亜科(Cicindelinae)に属する甲虫の一グループで、全国的に生息環境の減少により個体数を減らしている肉食性の昆虫である。漢字で斑猫、英語でTiger Beetleと記され、各国で猫科の肉食獣のイメージがもたれているようだ。幼虫は地面に縦穴を掘って、アリなどを捕食して暮らしている。
 北海道からは、8種のハンミョウが知られている(堀、2006)。どの種も生息地は減少してきていて、北海道の希少野生生物(RDB)2001で、砂地に生息するカワラハンミョウと河原に生息するアイヌハンミョウは絶滅危急種(Vu)に指定され、飛翔能力を欠くホソハンミョウとマガタマハンミョウは希少種(R)に指定されている(北海道、2001)。じつに、北海道に生息するハンミョウ類の半数の種で絶滅が心配されている。なお、マガタマハンミョウに関しては過去に駒ケ岳と支笏湖で得られたという標本が2例あるのみで、分布の詳細は不明である。
 この機会に、それぞれの種の特徴とその分布、そして生息状況について知っていただき、北海道内で絶滅に瀕している甲虫がいることを是非知っていただき、新産地の発見や生息地の保護につなげていただきたい。

【北海道から記録のあるハンミョウリスト】
 ホソハンミョウ Cylindera gracilis (Pallas, 1777)
 エリザハンミョウ Cylindera elisae (Motschulsky, 1959)
 マガタマハンミョウ Cylindera ovipennis (Bates, 1883)
 ミヤマハンミョウ Cicindela sachalinensis Morawitz, 1862
 コニワハンミョウ Cicindela transbaicalica Motschulsky,
 ニワハンミョウ Cicindela japana Motschulsky, 1857
 アイヌハンミョウ Cicindela gemmata Lewis, 1891
 カワラハンミョウ Chaetodera laetescripta (Motschulsky, 1860)

引用文献
 北海道(2001)北海道の希少野生動物 北海道レッドデータブック2001:309pp
 堀繁久(2006)ハンミョウ、探そう!ほっかいどうの虫:38-39


北海道の川が大変だー!!
底生動物最大のエイリアン「ウチダザリガニ」
- 外来生物と多様性の保全 -

斎藤和範(ざりがに探偵団主宰・旭川大学地域研究所)

外来種とは
 外来種とは外国から来た動植物だと思われがちだが、実はそうではない。動物や植物の生息域は、国の境で決められているわけではないため、外国から来た生き物も含めて、過去や現在の自然分布域以外に、人によってもたらされた生き物(種・亜種・変種・品種など)すべてをいう。
「外来生物法」-特定外来種による生態系等に係る被害の防止に関する法律-「2005年6月制定」
 法律の目的:1.在来生態系の保全 2.人的・産業的被害の防止 3.固有種・希少種などの生物多様性の保全

特定外来生物(侵略的外来種)とは
 ・外国から来た生物で、生態系、人の生命・身体、農林水産業へ被害を及ぼすもの、又は及ぼすおそれがあるもの。
 ・生きているものに限られ、死んだものは含まない。
 ・個体だけでなく、卵、種子、器官なども含む
特定外来種に指定されると、輸入、飼育・栽培、運搬、保管、譲渡・引き渡し、放逐・植える・撒くことが禁止、禁止行為をした場合、外来生物法違反で逮捕され、個人の場合最大、懲役3年以下もしくは300万円以下の罰金が、法人の場合、最大1億円以下の罰金が科せられる。
北海道で生態系に大きな影響を及ぼしている特定外来種
 動物:アライグマ、アメリカミンク、ウシガエル、オオクチバス、コクチバス、ブルーギル、ウチダザリガニ、セイヨウオオマルハナバチ
 植物:オオハンゴンソウ、ヤエザキハンゴンソウ、キンケイギク、オオフサモ、アレチウリ

特定外来種ウチダザリガニ・タンカイザリガニ(ザリガニ科)
 原産地:北米コロンビア川。北海道へは1930年に農水省によって、摩周湖に476尾のウチダザリガニが優良水族導入のため放流された。現在の道内分布は、道東一円・道東・道央に分布が拡大している。道外では福島県磐梯朝日、長野県明科町、千葉県利根川で見つかっている。

侵略的外来種種が侵入すると
 1.在来種を殺す2.在来種の餌・空間資源を奪う3.寄生虫/病原菌の媒介4.生息域の植生改変5.交雑による遺伝子汚染などが引き起こされ、在来種が絶滅し、食物連鎖の破壊などが起きることによって、在来生態系が破壊される。
 ウチダザリガニの分布拡大の要因は、自然や生態系、外来生物に対する「無知」によって引き起こされた。元々その地域に生息しない生物の放逐は、その地域の本来の生態系、に大きなダメージあたえる。人間に影響が判らないと言って、導入することが安全だとは限らない。
 生物多様性は、それぞれの地域に独自の遺伝子を持つ生物が多種生息し、多様な生物相があるだけでなく、多様な生態系が存在することが重要である。これらの生物多様性を保全するためには、それぞれの地域にある独自の自然生態系や在来種(=いわゆる普通の生物)を大切にする事が重要。


動物学標本の入手および作製時等に留意すべき感染病原体とその対策の概要

浅川満彦(酪農大・獣医 感染・病理教育群 / 野生動物医学センターWAMC)

 まず、博物館標本として比較的入手が可能な日本産野生哺乳類の代表種(ニホンザル、ニホンジカ、ニホンカモシカ、イノシシ、キツネ、タヌキ)を対象に、これらが有する(あるいは、有するであろう)ヒト・飼育動物(家畜・愛玩動物・動物園動物など)、そして野生動物に感染可能な病原体について概説したい。次いで、これら具体例を念頭に置いた状態で、実際の標本作製の場でバイオ・セキュリテイー的にどのようなことに留意すべきか皆さんと一緒に考えたい。皆さんは、どのような感染病原体がもっとも危険かといった優先順位が明らかな一覧表を期待されるかも知れない。
 しかし、疫学研究自体、開始されたばかりである。また、演者自身、感染症学のごく狭い一分野「寄生蠕虫症」の専門家でしかない(ウイルス症や細菌症については、たとえ「獣医師」という資格はあっても、専門的な研究分野ではない)。したがって、このような所まで踏み込むことは許容されない。と、いうか、私たちが寄生虫学の研究をしたいがために、専門外の感染症の知識を深め、具体的に対応をしている途上である。このような経験(失敗例を含め)を披瀝することは、自然史を対象とされる皆さんにも参考になると思い、今回、お話をする。
 優先順位を規定したリストに話を戻すが、もちろん、ヒトと飼育動物に関しては、それぞれ医学/厚生労働省/WHOおよび獣医学/農林水産省/OIEが、それぞれ所管する法的根拠から(罰則規定を含め)、しっかりしたリストは作成・公開されている。しかし、これら両学問・省庁の「縦割り」は、別々のリストとなっている。さらに、本来、野生動物は欧米では貴重な自然資源であると見なされているが、日本ではいまだに無主物の扱いのままであるので、感染症への対応は、各研究者の趣味的な課題である。従って、皆さんが期待するリストは、医学(厚労省)・獣医学(農水省)・保全生態学(環境省)の共同作業により、国家的なプロジェクトとして編纂されるべきである。が、現状は夢のまた夢。
 それならば、各博物館の標本収集業務で生の哺乳類材料を扱うには、各人が関連知識を具有し、自己責任のもと、対応するしかあるまい。今回の講演はそのような知識のごくごく一端を披瀝するものである。時間が限られているので下記浅川論文をテキストとして配布し、講義型の講演とする。

 浅川満彦. 2010. 野生中大型獣類3種の交通事故死体から感染するおそれのある病原体について(概要紹介). 第9回「野生生物と交通」研究発表会論文集: 5-9.
 浅川満彦. 2011. 本州以南における野生獣類の死体処理時に留意すべき感染症とその病原体(概要紹介). 第10回「野生生物と交通」研究発表会論文集:63-71.


北海道のヒグマの危機管理能力

小宮山英重(野生鮭研究所)

 ヒグマは猛獣である。ところが、彼らの主要な食料は、草や果実などでどちらかというと草食獣(佐藤2006)の傾向が強いという。ごく少数の人喰い熊が有名すぎるためであろうか、クマは人に襲いかかる危険な動物だとの記述は、国立大学医学部の教授の著書や有機農業に従事する有名なタレントが書いた新聞のコラムなどでしばしば出会う現実である。どうやら実像と想像上の姿のギャップが大きい動物であるらしい。
 私は、1969年春に東京から北海道に移住した。その年に山仲間の道産子からヒグマに対する畏敬と恐怖の入り混じった感覚を教わった。以来40年以上が経過したが、多くの道産子の「ヒグマは危険な動物」との評価は変化していないと思われる。明治から昭和まで北海道のヒグマは、人の展開する全滅作戦に曝されてきていた。1990年以降に変化が生じ、現在まで北海道では人とヒグマが共存するためのヒグマの保護管理体制を作る作業が進行中である(間野2008)。にもかかわらず、現在も、人家近くに出てきた、もしくは人目に触れたヒグマは捕殺される確率が高い(と推定される)。さらに、人に対して被害を与えていない、人と共存する上で優秀な形質を持っている善良な個体も問題グマになる可能性がある個体も区別なく有害獣として捕殺されている可能性が高い現状でもある。
 1969年以来現在まで年間平均100日前後を川での魚類調査を中心に山野を歩き回る生活を続けているが、私の体験では、2003年以降の知床半島での調査事以外は、距離数百メートルの範囲内でヒグマの姿を確認したことはない。残された痕跡や糞などから、より詳細に表現すると、ヒグマが確保する食料がないのであれば、ヒグマは人に居場所を譲ってくれる性質が強いこと、突然出合いそうな場合でもヒグマが先に人の接近を察知して退避してくれていた結果と予想している。また、調査では繰り返し同じルートを踏査するので、面的に維持されているヒグマの生活域内に固定された線状に構成された人の縄張りに対して人の動作を注意深く観察するヒグマが人を忌避しやすい構造となった可能性が高いと考えられる。
 今回は、2004年から2009年までの6年間に知床半島のルシャ地区でサケ科魚類を捕食するヒグマの生態を車の中から観察し、記録できたルシャ地区におけるヒグマ社会の中でのヒグマのヒグマに対する危機管理体制、ヒグマが人に対する危機管理体制の事例などヒグマの学習能力のレベルの高さや母グマの子グマに対する教育力を紹介したい。
 そして、北海道のヒグマは、人の生活圏に密接した生活ゆえに人を極端に恐れている猛獣であること、および、高い知能を持ち、周辺に十分気遣いをしながら生きている大型哺乳類であるという評価のパラダイム転換を提言したい。
 最後に、以上の事例を踏まえた、人と問題を起こす可能性の高いヒグマを増やさないための北海道における方策、ヒグマと共存するための人の知恵の出し方について論議したい。


北海道産ハツカネズミの染色体に刻まれた歴史

桑山 崇(北海道大学理学部)

 ハツカネズミ(Mus musculus)は世界的に広く分布し,大きく3亜種にわけられる.M. m. domesticus(DOM)は,北アフリカや西欧に分布し,南アフリカ,北米,南米,豪州へのヒトによる移入が知られる.M. m. musculus(MUS)は東ユーラシアに,M. m. castaneus(CAS)はインドをはじめとした南アジアに分布する.日本においては,有史以前に南アジアからCASが移入し,その後稲作とともに朝鮮半島よりMUSの移入があったとされ,ミトコンドリアDNAを用いた研究により北海道にはMUSとCASがミトコンドリアのタイプが分布することが明らかになっている.また,核DNAを用いた先行研究では,CASとDOMの両方のハプロタイプ(同一染色体上にあり,遺伝的に連鎖しているSNPなどの多型の組み合せ)が見られた.しかし,MUS,DOMの移入の時代の推定までは至らなかった.
 本研究では,野生北海道産ハツカネズミについてハプロタイプを詳細に調べ,年代を推定するとともに,得られた情報からハツカネズミの自然史について考察した.
 材料は北海道産ハツカネズミ10 地点12 個体を用い,(1)200 kbおきに1 Mbにわたり6遺伝子をマーカーとして選択(1 Mb range),(2)同様に,1 Mbおきに5 Mbにわたり6 遺伝子をマーカーとして選択(5 Mb range)し,それぞれについて約500 bpの配列を読んだ.各遺伝子について得られた配列からネットワーク樹を作製し,亜種の判別を行った.その後,ハプロタイプの構造を推定し,得られた構造から年代の推定を行った.
 5 Mb rangeでは釧路と共和の地点において,ここ数十年で移入したと推定できる長いDOMが検出された.釧路,共和ともに港が近く,船による欧米からの移入であると考えられる.この近年の浸透性交雑は遺伝子汚染ともいえる.また,1 Mb rangeでは各地点において数百年前と推定されるCASの断片とが観察できた.これは,江戸時代以降に稲作とともに本州のMUSが連れ込まれ広まり,そこに定着していたCASとの間に浸透性交雑を起こしたものと考えられる.
 以上のように本研究では,北海道のハツカネズミについて,南アジアからきたCASと朝鮮半島からきたMUSとの間の比較的古い浸透性交雑と,近年の欧米由来のDOMとの間の浸透性交雑(遺伝子汚染)との両方が検出できた.また,年代推定によって大まかではあるが,ハツカネズミの歴史について考察できた.今後は,さらにサンプルを増やし,地域ごとを比較するなど,さらなる研究を進めていく必要がある。


北海道に記録された、過去の温室地球における生物の変遷史

栗原憲一(三笠市立博物館 主任研究員)

【現在の地球環境】
 2007年に発表された、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)による第4次評価報告書では、過去100年の世界平均気温(1906~2005年)は長期的に0.74℃上昇し、気候システムに温暖化が起こっていると断定された。そして、このまま温暖化が進行すると、今後は積雪面積の減少や極地域の海氷の縮小、海洋の酸性化などが起こると予測されている。そうなれば、当然、我々人類を含む生物にも様々な影響を及ぼすことは必至であろう。では、このまま温暖化が進行すると生物はどのような影響を受けるのか?この疑問を解く鍵の1つは、過去にある。

【過去の地球環境】
 約1億年前の白亜紀中期は、過去2億年間で最も温暖化の進行した時期である。二酸化炭素濃度は現在の2~10倍、極地域に氷床はなく、海水準は現在よりも200m以上高かった。したがって、この過去の温室地球に起こった生物の事件を解き明かすことは、今後の地球環境を考える上でも重要な資料になり得ると考えられる。

【北海道からのアプローチ】
 北海道中央部には、南北に渡って帯状に、白亜系蝦夷層群と呼ばれる約1億年前の海で堆積した地層が分布している。この地層群からは、当時繁栄したアンモナイト、二枚貝類、巻貝類、モササウルス、クビナガリュウなど、多種多様な生物の化石が豊富に産出する。特に、北海道中央部の三笠市に分布する蝦夷層群では、白亜紀中期に堆積した水深数m~数十mの浅海の地層から、水深数百mの沖合の地層まで様々な環境下で堆積した地層が分布している。したがって、三笠市は白亜紀中期における浅海~沖合までの生物相を明らかにすることのできる貴重な場所であると言える。
 本発表では、三笠市を中心とした蝦夷層群分布域から産出する化石を材料として、約1億年前の白亜紀中期における北太平洋地域の軟体動物化石群の変遷と古環境について紹介する。また、現在、展示室の改修を行っている三笠市立博物館の改修内容と今後の活動方針についても併せて紹介する。


2005年〜2010年の石狩湾沿岸におけるアオイガイの大量漂着

○志賀健司(いしかり砂丘の風資料館)・伊藤静孝

■暖流系漂着物、アオイガイ
 アオイガイ(Argonauta argo、特に軟体部を指す場合はカイダコとも呼ぶ)は表層浮遊性で世界の温帯〜熱帯海域に生息するアオイガイ科のタコで、暖流により低緯度から高緯度へと輸送されて漂着する暖流系漂着物(WWD; warm-water driftage)の代表的存在である。そのメスは産卵・孵化のために石灰質の白く薄い殻を作る。西日本の日本海側の砂浜では、秋から冬にかけてアオイガイがしばしば漂着し、年によっては大量漂着が見られることもある。過去、北海道におけるアオイガイの漂着例は稀で、石狩浜でも、数年に一度見つかるかどうか(地元住人の話)、という程度だとされていた。しかし2005年秋、石狩湾沿岸、さらには全道各地でもアオイガイ漂着情報が相次いだ。また同時に、アオイガイ以外のWWDも増加した。演者らはその背景には何かしらの海洋環境の変動があると考え、2005年以降、継続的に石狩湾沿岸において漂着アオイガイの調査を実施している。

■2005年〜2009年の漂着
 調査地域は石狩湾沿岸、特に小樽市銭函〜石狩川河口の区間とした。アオイガイ漂着が見られる秋季、1週あたり3回の頻度で未明から砂浜を踏査し、発見した漂着アオイガイをすべて採集した。
 2005年〜2007年は毎シーズン100個体分以上のアオイガイ漂着が確認された。もっとも多かったのは2007年秋の152殻である。この年には、これまで北海道では見られなかったWWDとしてギンカクラゲ、ルリガイも初めて記録された。しかしそれ以降アオイガイ漂着数は減少し、2009年にはわずか5個体しか確認できなかった。
 2005年〜2009年の石狩湾の海面水温(SST; sea surface temperature)を調べてみると、石狩湾でのアオイガイ漂着数と初秋のSSTとの間には相関関係がある——9月〜10月の平均SSTが高い年には、その直後のアオイガイ漂着も多い——ことが明らかになった。
 過去50年間の全国におけるアオイガイ漂着の記録を集めてみると、大量漂着の発生する間隔は一様ではなく、10年もしくは20年ごとに大量漂着の多い時期と少ない時期が繰り返しているようにも見える。石狩湾ではSSTと関係が強いことを考えると、アオイガイ大量漂着現象の背景には10〜20年スケールの気候変動(例えば太平洋十年規模振動PDO; Pacific decadal oscilation)が影響している可能性がある。ただし、まだ情報収集が不十分であること、大量漂着の発生地域違いなどもあり、長期変動については今後の検討課題である。

■2010年の大量漂着
 2005年以降増加したアオイガイ漂着だが、2009年までにはほとんど見られなくなるまでに減少した。ところが2010年秋は打って変わり、これまでにないほどの大量漂着を記録した。1シーズンの漂着数は478個体で、これまで最高だった2007年の3倍に達した。また、新たにWWDとしてカツオノカンムリも記録された。2010年の夏〜秋、日本周辺のSSTは異常に高かった(9月上旬の北日本沿岸で平年より3〜5℃高温)ことから、石狩湾沿岸における秋の高SSTとアオイガイ大量漂着との関係は、一層確かなものとなった。

 アオイガイの美しい殻は人々の興味を惹くに十分であり、その調査は、海洋環境をモニタリングする手軽な手法のひとつである。アオイガイ漂着の経年変動を把握し定量化するために、多くの市民と協力していきたいと考えている。


パラタクソノミスト養成講座ネットワークについて

大原昌宏(北海道大学総合博物館)

 北大総合博物館では、2004年よりパラタクソノミスト養成講座を開催してきてきた。今年で7年目になり、計129講座、受講者は1,612名に及んでいる。多くの受講者からは、分類学、標本学への理解と博物館の重要性を再認識された、と評価を受けている。
 今後、養成講座の継続運営と、対象とする分類群の分野や開催地域を拡大するためには、組織的なネットワークの構築が欠かせない。
 本講演では、(1)北大でおこなってきたパラタクソノミスト養成講座の概要、(2)今後の運営形態と問題点、(3)パラタクソノミスト養成講座ネットワークの構築、について触れる。特に(3)については、北海道自然史研究会のネットワークとの協調を念頭に議論させていただきたい。

 この試みは困難の連続である。が、大学とは「研究を基盤にした教育」をする組織であることを明確化すれば、このような標本も有効な教育(啓発)に還元されれば、いつの日か大学博物館の創設などに繋がるものと信じている。今回はその挑戦の概要を紹介したい。


自然史研究会の研究報告データベースの取り組み

渡辺 修(北海道自然史研究会・さっぽろ自然調査館)

 現在、各方面において、学術論文や各種調査報告などを研究者や市民が利活用しやすくするために、電子化してインターネット上での検索が容易な形でアーカイヴ(書庫)に格納されることが多くなっています。
 しかし、北海道内の自然環境に関する報告で、このような形になっているものは非常に限られているのが現状です。これは、道内の市町村立博物館・郷土館においては、地域の自然環境に関する貴重な研究が行なわれ、研究報告等で発表がなされているにも関わらず、各館単体ではこれらの論文を電子化しウェブ上のデータベースに格納するための費用や労力が十分確保できないことに主な要因があると考えています。
 北海道自然史研究会では、道内各館の学芸員が連携し、アーカイヴ化の作業を効率的に進めることで、北海道の自然史研究をより発展させていきたいと考えています。ウェブでまとめて公開することで、情報の確認や利用もしやすくなると考えています。また、博物館関係だけでなく、市民団体や高校生物部などでの取り組みも含め広く自然に関する情報を整理して、ウェブ上で活用しやすくするとともに、研究者間での交流につなげたいと思います。

2010年11月に公開を開始し、現在400余の論文を公開しての反応を紹介します。
サイト http://www.cho.co.jp/natural-h/
ツイッター http://twitter.com/natural_h